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2019年3月14日 (木)

高校入試の思い出。

 今日は沖縄県立高校の合格発表の日でした。酔っぱらったついでに、自分の高校入試を思い出してみようと思ってます。

 まず、宮古島の話をすると、元々今年は宮古島内の3校の全学科が定員割れだったので、まあ、少々点数が取れなくても真面目な子は受かると思っていました。そうあってほしいと思いますし、実際そうだったと思います。2018年6月21日の沖縄タイムスの記事(直接リンクしています)にもありますが、沖縄の「定員内不合格者」が九州他県に比べて2~6倍で、沖縄県教育庁もできるだけ「定員内不合格者」を出さないように校長会などで求めているとのことです。

 しかし、今日のデータを見ると、宮古高校で3、4名不合格者がいます。理数科志望で第二希望を書かない選択もあるのかなと思います。俺的には、金があったら理数科よりも沖縄尚学か興南に行かせる。そもそも子供がいたらっていう話やけどね。

 話がそれました。。。

 沖縄の県立高校は面接があるので、よっぽどな子はチェックされるやろうな。真面目な不登校は問題ない。酒、たばこも1回や2回の指導やったらええやろ?それより筆記で1教科5点未満とか、「3分くらいの面接なんか大したことない」と思っているかわいそうな子が落ちるんやろうな。実際、宮古総合実業高校で9人、宮古工業高校で9人、志願者に比べて不合格になっています。キョロキョロして志望動機もまともに言えなかった子や学校の先生に言われて願書を書いたけど結局受けなかった子もいたかもね。

 でも、そういう子の受け皿という問題があるよな。高校に合格したら、少なくとも1学期位は行くやろ?その間に、いい先生と運命の出会いがあるかもしれないし、学校の働きかけで何らかの支援につながる可能性はあるよ。でも、今日不合格になった子たちはもう中学校を卒業しているし、いったん普通の世の中に出されてしまうよな。さっき紹介した沖縄タイムスの記事もその点を問題にしていると思います。積極的に高校に行かないという選択をした子ならまだいいですが、どうしたらいいか分からないような子が学校を離れて果たしてきちんと生活を作っていけるか。それこそ仕事をしながら本当に人生の師となるような人に巡り合えるかどうかだよな。仕事を探せるのか???

 まあ、宮古島は小さいコミュニティーやし、面倒見たるという懐の大きい人も地域にいると思います。そういうありがたさに気づくかどうかなんやなあ。

 

 さて、そろそろ眠くなってきたので、俺の思い出話。俺は大阪の堺市なので府立は8学区でした。たぶん。まず、思い出すのは、俺は「にぎり」でした。みんなと一緒に願書を出すのではなく、様子を見ながらあとで個人で願書を出しに行くというやつです。今から思えば通知表が悪かったからやな。

 宮古島では考えられないですが、滑り止めを結構みんな受けていて、俺も桃山学院を受けました。当時は男子校やったな。今はどうでしょうか?中学校から4人受けましたが、高校の先生がどっかから見てるぞと先生に言われて、駅からちゃんと2列で歩いて行ったような気がします。円に内接する四角形の角度の問題が全然解けなかったな。

 府立高校の入試で覚えているのは、国語の作文です。どんな題か忘れましたが、狭山池の横に桜の木が並んでいて幼稚園くらいの時に父親と写真を撮りに行ったら、まさに桜の盛りではらはらと桜の花びらが絶え間なく落ちてくる情景の感動を書いたことを覚えています。会心の出来でしたよ、俺的には。

 見事に高校に合格しました。そんな俺の今がこんなですけどね。

 まあ、人生何があるか分からないし、「思い立ったが吉日」とずっと思ってるし、みんな等しい1秒1秒を生きていると思うと、諸先輩方に負けないように俺も頑張りたいと思います。

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